【トヨタ】セリカ(初代A20/30型)

スペシャリティカーの登場に沸いた1970年代。トヨタが発表したセリカは、その流麗なルックスと豊富なラインナップ展開で、大ヒットを記録しました。

北米で流行していたフォード・マスタングを手本として開発された、通称「ダルマ」と呼ばれる初代セリカをご紹介します。

 

 

 

 


セリカ(初代A20/30型)の歴史】

 

 

1960年代の日本のスポーツモデルといえば、トヨタ2000GT(F10型)、日産・フェアレディZ(3代目S30型)、マツダコスモスポーツ(L10型)、日産・シルビア(初代S310型)、いすゞ117クーペ(PA90/95/96型)などの高価な本格スポーツと、トヨタ・スポーツ800(P10型)、ホンダ・S800(AS800型)などの小型スポーツが生産されていました。
一部、セダンをベースとしたスポーツモデルとしては、トヨタ・1600GT(T50型)、いすゞ・ベレットGT(PR90/95型)などが筆頭で、あとはセダンモデルを2ドア化したものが大半でした。

北米では、1964年に発売されたフォード・マスタングが大ヒット。北米の自動車史に残るベストセラーカーとなりました。これが「スペシャリティカー」(北米では「ポニーカー」)の原点とも言われ、シボレー・カマロ、ポンティアック・ファイヤーバード、ダッジ・チャレンジャーなどが追従しました。

北米のポニーカーに共通した魅力は、実用性の高い大衆車のシャシーをベースに、スタイリッシュなクーペボディやハードトップボディを架装することで、比較的安価にスポーツカーの雰囲気を味わえること。
1970年頃になると、日本の各メーカーも同様の手法をとり始め、その先駆けだったのが、トヨタセリカと三菱・コルトギャランGTO(A50型)の2台でした。
(1967年発売のいすゞ117クーペ(PA90/95/96型)や、1969年発売のマツダ・ルーチェロータリークーペ(M13P型)もスペシャリティカーに分類されますが、当初は非常に高価だったことがネックとなり、販売は苦戦していました。)

 
 
 
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同時に発売されたカリーナ(初代A10型)とシャシーを共用し、当初は2ドアピラーレスハードトップのクーペのみでデビュー。ボディサイズは全長4165mm×全幅1600mm×1310mmで、当時としては珍しかったふくよかなボディ形状から、「ダルマ」の通称で呼ばれました。ロングノーズの先にはスラント形状の丸型4灯マスクを備え、左右がラウンドアップしたメッキバンパーが特徴的。

グレードは基本的な装備の違いによって「ET」「LT」「ST」「GT」の4種を用意。マスタングに倣った「フルチョイスシステム」と呼ぶシステムを展開し、エンジンやトランスミッション、細かい外装・内装パーツに至るまで、自由に選ぶことができ、自分好みの1台を作り上げることが可能でした。ただし、トップグレードのGTだけはフルチョイスシステムの対象外でした。

エンジンは、86psの「T型(直列4気筒OHV・1407cc)」がボトムラインで、シングルキャブ仕様で100psの「2T型(直列4気筒OHV・1588cc)」、ツインキャブ仕様で105psの「2T-B型(直列4気筒OHV・1588cc)」、そしてGT専用で115psを発揮する「2T-G型(直列4気筒DOHC・1588cc)」の4種。
トランスミッションは、4速MT、5速MT、そして3速ATも選択可能で、GTは5速MTのみの設定。

1972年8月のマイナーチェンジでは、リアウインカーをアンバーで独立させたほか、燃料タンク位置をトランク下から後席背後に変更。
また、GTの足回りを固め、モータースポーツのベース車として「GTV」を追加。装備を簡略化したことでリーズナブルな価格を実現し、人気となりました。

1973年4月、リフトバック(LB)を追加しました。アウトドアやレジャーユースが増えてきたことで、荷室容量を確保した多目的車が求められ、ハッチゲートを有したハッチバッククーペを開発。
クーペに比べ、フロントオーバーハングを70mm延長し、リアオーバーハングは20mm切り詰めてロングノーズを強調。また、フェンダー周りを広げて、全高は低く設定し、ワイド&ローのスタイルに仕上げました。
フロントマスクのデザインにも手を入れ、ヘッドランプの間隔を広げ、車幅灯も垂直基調なものに一新されました。リアコンビネーションランプは縦型の5灯式とし、リアクォーターのエアアウトレットなども、スポーティさを訴求するもので、オプション設定されたリアウィンドウを覆うルーバーも人気でした。荷室は奥行きのある空間が広がり、後席を倒すことでさらに広く利用することができました。
エンジンはクーペと共通の2T型と2T-B型に加えて、2つの2.0L仕様も設定されました。搭載されたのは「18R型(直列4気筒SOHC・1968cc)」と「18R-G型(直列4気筒DOHC・1968cc)」で、それぞれ105psと145psを発揮。DOHCエンジンを搭載したトップグレードの「2000GT」は、最高速度205km/hを達成し、当時の国産車では最速レベルにありました。
また、同時に従来のクーペにも2.0L車が設定されました。

1974年1月には、クーペのフロントをLBと共通のロングノーズに変更し、新たにクーペの「2000GT」も追加されました。

1975年には、排ガス規制対応のためのマイナーチェンジを実施。排ガス対策の機器類を収めるために、ボディサイズは全長25mm、全幅10mm拡大され、ホイールベースも70mm、フロントトレッドも50mm延長されました。
エンジンは、18R-G型は130psの「18R-GU型(直列4気筒DOHC・1968cc)」に、18R型は100psの「18R-U型(直列4気筒SOHC・1968cc)」に、2T型は90psの「2T-U型(直列4気筒OHV・1588cc)」となるなど、排ガス規制のために出力ダウンとなりました。
LBの上級グレードには、大型の衝撃吸収バンパーも設定。一方、1.6LのDOHC車と1.4L車は廃止されました。

1977年には、特別仕様車として「リミテッド・エディション」を385台限定で販売。通称「ブラックセリカ」と呼ばれるモデルで、黒いボディカラーが特徴。通し番号が振られた製造ナンバーステッカーが貼られていました。

1977年8月にフルモデルチェンジを受け、2代目A40/50型へバトンタッチ。2代目も発売当初は好調な販売を見せ、スペシャリティカーの王座に君臨するかと思われましたが、1979年にモデルチェンジした日産・シルビア/ガゼール(S110型)を前にその座は危ういものとなり、その後1980~90年代には、シルビアとプレリュードが「デートカー」として絶大な人気を誇りました。セリカはその陰に隠れる形となり、ラリーなどで活躍する4WDとしての魅力に新たな道を開いていきました。

初代セリカが切り開いた日本のスペシャリティカー市場。様々なライバル車も登場し、1980年代のスペシャリティカーブームの礎を築きました。
また、LBの人気によって、ハッチバッククーペが市民権を得ることとなり、ライバル他車もハッチバックボディをラインナップする例が多く、日本のスペシャリティカーの在り方にも大きな影響を与えました。

 

 

 

【諸元】

 

 

トヨタセリカ(初代A20/30型)

全長×全幅×全高 4165mm×1600mm×1310mm
4215mm×1620mm×1280mm(LB)
ホイールベース 2425mm(~1975.11)
2495mm(1975.11~)
乗車定員 4/5名
エンジン T型 直列4気筒OHV 1407cc(86ps/6000rpm)
2T-U型 直列4気筒OHV 1588cc(90ps/6000rpm)
2T型 直列4気筒OHV 1588cc(100ps/6000rpm)
2T-BR型 直列4気筒OHV 1588cc(100ps/6000rpm)
2T-B型 直列4気筒OHV 1588cc(105ps/6000rpm)
2T-GR型 直列4気筒DOHC 1588cc(110ps/6000rpm)
2T-G型 直列4気筒DOHC 1588cc(115ps/6400rpm)
18R-U型 直列4気筒SOHC 1968cc(100ps/5500rpm)
18R型 直列4気筒SOHC 1968cc(110ps/5500rpm)
18R-GU型 直列4気筒DOHC 1968cc(130ps/5800rpm)
18R-G型 直列4気筒DOHC 1968cc(145ps/6400rpm)
駆動方式 FR
トランスミッション 3AT/4MT/5MT
タイヤサイズ 6.45H-13
185/70HR13